医者にかからない幸福

医者にかからない幸福
木村 盛世 (著)


日本の医療の問題点、つまり過剰に医療機関を受診したり、健診(健康診断)や検診(がん検診など)にかかりすぎていることを、欧米諸国の医療と比較しながら説明していたので、説得力がありました。

健診や検診を受けた患者や、抗がん剤を使った患者が長生きするというエビデンスはなく、毎年健診を行うのは日本だけの習慣であるという事実も、もっと多くの人に知ってもらいたい内容でした。

 

 

また、イギリスやスウェーデンという皆保険の国でも、家で治せる風邪やインフルエンザではよほど重症でない限り病院で診てもらえず、本当に医療を必要としている人を将来にわたって診療しつつ、税金を有効に使う、という考え方は日本でも見習うべきところが多いと思います。

「人口がどんどん減っているのに、病気の患者だけ診ていたら、売上は先細り。元気に暮らしている人の中から、病気を掘り起こして、なんとか患者を増やさなければ」(本書の84ページの内容を抜粋)

これがまさに問題の本質で、そのために必ずしも必要でない検査を行う病院が多いのだと思いました。

そんな過剰医療と、心配性の国民性がマッチングして国民医療費が増え続けているというのは分かりやすい説明でした。

 

 

ではどうするか。

本書では、手術の必要性や延命効果もはっきりしていないものは「そのままにする」という選択肢もすすめています。自分で自分の生き方や受けたい医療を選択できるようにする、というやり方も必要だと思います。

また、「病気が見つからないうちはわざわざ見つけない」ことが幸福につながると述べていました。

 

 

一方、疑問点もありました。

本書の97ページに書かれている「日本は45年以上も、世界で1、2を争う長寿国の座を守ってきた」とありますが、日本はなぜ長寿国となり得たのか。そこに医療機関の貢献はないのか。栄養や衛生状態、医学の進歩は他の先進国も同じで、その中でなぜ日本は長寿なのか。

食事の問題なのか、飲酒や喫煙の問題なのか、生活習慣の問題なのか。今の医療の悪い部分だけでなく、良い部分、うまくいっている部分の理由も知りたかったです。

また、本書では認知症のことには触れられていませんでしたが、過剰医療で薬を多く服用することや、多くの検査で不安を煽ることが認知症とも関係するのかなど、そのあたりも欧米諸国との比較をしてほしかったです。

これから若年人口減少と超高齢化がますます進み、医師の数も減少していく中、過剰医療に関して考えさせられる一冊でした。

 


医者にかからない幸福

19番目のカルテ 徳重晃の問診(10)

19番目のカルテ 徳重晃の問診【10】(ゼノンコミックス)
富士屋カツヒト 、 川下剛史

なんでも治せるお医者さんを目指して奮闘する医師の物語の第十巻です。

第十巻では、

・病気は医者が必ず治せるという過度な期待をもつ腰痛患者

・リハビリに行かなくなりパーキンソン病が悪化してきた高齢女性

・胃がんが告知され余命宣告された29歳の女性

の話が掲載されていました。

今回は「病気は医者が必ず治せるという過度な期待をもつ腰痛患者」が印象に残りました。

 

 

これは、なかなか治らない腰痛患者さんの話です。

他の病院で椎間板ヘルニアと診断されますが、痛み止めでは痛みが改善せず、大きい病院なら治ると思って総合診療医のいる魚虎病院を受診します。

総合診療医の滝野先生が診察している間も、他の病院に対する文句が止まりません。

「痛み止めとリハビリで様子を見ましょう」と冷たくあしらわれたと言い、悪い口コミをネットに書き込む患者さんのようです。

 

 

デスクワークなのに、腰が痛くて長く座っていられないのでなんとかしてくれ!と強く訴えます。

痛みで神経が過敏になり、筋肉が緊張して血行不良になってそれが痛みになっていくという痛みの悪循環が起きていると考え、神経ブロック注射を提案する滝野先生。

注射を打つために麻酔科医の先生を連れてきたら、今度は注射をしないと言い出し、また大変という話でした。

最近は、とにかく早く治してほしいと言ったり、医師の態度が気に入らないとすぐに病院を変えたりする患者さんが多く、医師の先生も本当に大変だと思います。そして患者さんもしっかり話を聴いてもらえずにつらい思いをしています。

 

 

当院にはり・きゅう・マッサージを受けにいらっしゃる患者さんの中にも、腰痛で病院に行って

・レントゲンをとっても異常がなく、湿布と痛み止めを処方されただけだった

・痛み止めを飲んでとにかく安静にしているように言われたが、よくならない

とおっしゃる患者さんが来院されることも多いです。

そのときに私は2つのことを意識しています。

・できるだけ病院の悪口を言わない

→病院の医師の大変さも分かるので、患者さんに共感しながらもできるだけ悪いことは言わないようにしています。近年は病院を利用される患者さんが多く、一人ひとりに時間をとって話を聴くことが難しいのかもしれません。

・患者さんのつらい思いをきちんと聴く

→慢性の痛みになると、簡単には解決できません。腰痛が出ている原因も様々で長時間のデスクワークや運転、育児、介護など、色々なケースが考えられます。
 そのため、まずはしっかり患者さんの話を聴く、そして今できていることを認めつつ、できそうなことを提案していく。そんな考え方で患者さんに向き合っています。

はり・きゅう・マッサージの仕事は、忙しくて一人ひとりしっかり話を聴くことができない医師と、つらい思いを聴いてもらえない患者さんの間に入って、うまく調整できる立ち位置にいるのかなと考えています。病院で痛み止めの薬を処方してもらいながら、はり・きゅう・マッサージを受けている患者さんも多くいらっしゃいます。

もちろん患者さんの状態によって、はり・きゅう・マッサージではなく病院でしっかり診てもらうべき症状だと思った場合には、その旨を患者さんに説明して病院の受診をすすめます。

 

 

さて、19番目のカルテ第十巻の前述の「病気は医者が必ず治せるという過度な期待をもつ腰痛患者」はその後どうなったか。

どうやら神経ブロック注射を受けて腰痛が落ち着いたようです。(1回でよくなったのか、複数回受けたのかは分かりませんでしたが)

本書では、治療以外のセルフケアや日常生活で気を付けることの話は出ていませんでした。

私なら、はり・きゅう・マッサージ以外にも

・デスクワークが長いということなので、座り方の確認やクッションを使う提案

・日頃の運動習慣や歩く頻度の確認

・仕事の合間にできる簡単なストレッチの紹介

なども行って、少しでも患者さんの腰痛が楽になるような働きかけをしていきます。

 


19番目のカルテ 徳重晃の問診 10巻【特典イラスト付き】 (ゼノンコミックス)

伴走者は落ち着けない

伴走者は落ち着けない―精神科医斎藤学と治っても通いたい患者たち―
インベカヲリ★ (著)


私はさいとうクリニックや斉藤先生のことを知りませんでしたが、通常の精神科のように診察して薬を処方して、必要ならカウンセリングをして、というやり方ではなく、さいとうミーティングなるものを開催し、人前で自分のことを話す、他の人の話を聴く、というやり方を中心として治療を行っていることが驚きでしたし、すごいと思いました。

本書は、斉藤先生の患者さんたちの了解を得て、患者さんの症状や経過、斉藤先生との関わり方などを聞いてまとめたものです。その中から、斉藤先生の元に通い続ける患者さんたちの想いや斉藤先生が目指していることを考察していました。

斉藤先生は、アルコール依存、薬物乱用、摂食障害、窃盗癖、ギャンブル依存、性倒錯者などの依存症について、「依存症は個人の病気というよりも、家族の中を走る病気」と理解し、家族に目を向けるようになったようです。

 

 

ある患者はこう言っています。

「話を聞いていると、結構みんな真剣に悩んでいるんですよね。その中で、自分にも当てはまる問題って当然出てくるわけなんです。例えば、人のお世話が止められなくていつも苦しいとか。あっ、これは自分にも当てはまるなって気づくと、その瞬間に回復へ向かう。話を聞いている過程でそのことに気がついて、言語化できるようになり、自分の課題として向き合えるようになるんです。それに直接指摘されるとムッとすることも、他人の物語なら共感して聞けます」

これこそが「さいとうミーティング」の目的だと思いますし、ミーティングを通して「治してもらっている」のではなく、「自分で気づいて治っていく」のだと思いました。

また、患者さんの話を聞くとき、上の空で煙草を吸っていたり、パソコンでAmazonのサイトを見ていたりしていたらしいのですが、それも「そのままの自分を見せる」ことを意識しているようでした。

 

 

斉藤先生のことを、患者さんたちは狛犬、銅鑼、鏡と、様々な例えを用いて表現しています。

ある患者は斉藤先生のことを以下のように言っていました。

「自分だけでは自分は分からなくて、相手がいて自分が分かる。先生は、とってもクリアな鏡。でも何よりも、先生の生きてる姿が患者には一番影響があるんじゃないかな?あんなにいい加減で、わがままで、自分勝手で、それでも生きていていいんだって思わせてくれるところ。先生から受け取った大きなことって、言うことが変わってもいいんだなって思えたこと。人は一貫して同じことを言わなきゃダメだって思っていたけど、その時々によって違ってもいいんだってことを教えてもらった気がする」

斉藤先生の治療は必ず、「どうしたいの?」と聞くそうです。

これは「青写真を描く」ことで、先生が勝手につくる未来ではなく、五年後でも半年後でもそのときにどんな自分になっていたいのか?を空想させることで、本人の願望に従うことを大切にしています。

 

 

斉藤先生は期間を決めない仕事をしていて、このように話しています。

「私がやっている仕事は、フロイトがやった仕事以降のことを引き受けている。その人がどうやって今後の生活をしていくかまでを考えることが、私の仕事と思っているわけです。言ってみれば一生。その人が嫌になるまで、お付き合いするのが私です。お付き合いであって、治療はしていません。治しているのは患者さんが自分で治しているんです」

患者さんの人生の伴走者として、患者さんに寄り添い続ける斉藤先生の壮絶な生き様が垣間見れる一冊でした。

 


伴走者は落ち着けない  ─精神科医斎藤学と治っても通いたい患者たち─

人を動かす傾聴力

人を動かす傾聴力
林田康裕 (著)

傾聴というと「相手の話をとにかく聴くこと」と思われていますが、実際には話を聴いたあとで、いかに相手がしっかり聴いてもらえたかを実感できるかが重要であることがよく分かる内容でした。

「傾聴というのは、目の前の方との関係性をよりよくする手段であって、傾聴そのものが目的ではない。傾聴スキルよりも大切なのは『相手は何を求めているか』を考えること」

という考え方は分かりやすかったです。

 

 

相手の立場になって考えると、「それはどういうことですか?」、「なぜ○○なんですか?」、「もう少し詳しく聴かせてもらえませんか?」など、会話をより掘り下げていって、相手の思考が整理されたり、解決方法に気づく可能性もあるという話は納得できました。

傾聴しているつもりでも、勝手に決め付けたり、パターン化したり、相手をコントロールしようとしたり、といったことは無意識にやってしまっているので、気をつけたいです。

 

 

ほかにも印象に残った言葉を以下に抜粋しました。

・言葉は発した本人にもっとも作用する

伝える側は伝えたと思っても、相手に伝わっていないことが多い。
「伝える」よりも「話してもらう」のが大切。
話す側は、考えながら話し、そして自ら発した言葉が自らの耳を通して脳に届く。
その結果、話す側は「明確になる」「自分に気づく」「整理できる」「責任を持つ」が作用する。

・目の前の人は答えを求めていない

何か爪跡を残してやろうと考えていると、自分の出番待ちをしてしまう。でも、その爪跡は相手目線ではなく、自分目線によるもの。爪跡を残すことよりも、好印象を残すほうが今後の関係性が発展する

 

 


人を動かす傾聴力

19番目のカルテ 徳重晃の問診(9)

19番目のカルテ 徳重晃の問診【9】(ゼノンコミックス)
富士屋カツヒト 、 川下剛史

なんでも治せるお医者さんを目指して奮闘する医師の物語の第九巻です。

第九巻では、「誰かに頼ること」がテーマとなっていると感じました。

 

 

原因不明の体重減少、疲れやすさ、汗をかきやすいなどの症状に悩む20代の女性。

取引先でお世話になっている方の紹介で徳重先生の総合診療科を受診します。

無事に診断がついて一安心、徳重先生にお礼を伝えたところ、徳重先生は女性患者さん自身のおかげだと伝えます。

どういうことか。

自分の違和感を追求できたこと、周りの友人や取引先など違和感を伝えてくれる存在がいたこと、なによりそんな声を聞き入れる素直さを持ち合わせていたことがよかったのだと徳重先生は言います。

今の言葉でいうと、ヘルスリテラシーを高めるという言葉になりますが、自分自身や周囲の人の声をしっかり聞き、病状を判断するというのはとても大切な事だと思いました。

 

 

また、奥様が検査入院することになり、一人で1歳半のお子さんを見ることになった中年男性。

育児だけでなく、仕事や家事にも追われ、さらに奥様の入院が長引いて出口の見えない洞窟にいるような気分になって徐々に弱ってやつれていきます。

そんな中、徳重先生が男性にお子さんの小児健診をすすめ、お子さんがくる病という病気であることが判明します。

 

 

お子さんの病気に気付けなかったと責任を感じる男性に対して、小児科医が以下のようなことを伝えます。

・いつの時代も守る人間が増えると生活を維持するのは難しい

・あなたはすごくがんばっていて、ちょっと空回りしただけ

・昔ほど頼れる大人が少なくなってしまったけど、心当たりがあればどんどん頼っちゃえばいい

・育児相談ができる機関の紹介

・身体的にも精神的にも将来的にも、大人の余裕が子どもの余裕になる

実はこれは徳重先生が小児科医に伝えてほしいとお願いした言葉で、前向きに日々を戦っている人にとって、寄り添ってもらった気持ちになる言葉でした。


何かしらの生活苦や症状で困っているとき、誰かに話を聞いてもらったり、頼れる人に頼ったりする大切さがよく分かる内容でした。

 


19番目のカルテ 徳重晃の問診 9巻【特典イラスト付き】 (ゼノンコミックス)