未明の砦

未明の砦
太田 愛 著


大手自動車メーカーの若い非正規工員の四人が警察の公安部に監視されているところから物語が始まっていきますが、序盤からおもしろくて一気に読みました。

なぜ4人が警察に監視される事態になったのかは中盤以降まで分からず、それでも不当な労働に苦しむ様子や、職場の仲間が見殺しにされる状況を放っておけず、様々な行動を起こしていきます。

 

 

警視庁警備局、公安部、所轄の刑事に加え、大手自動車メーカーの幹部、政治家、労働組合の相談員など多くの登場人物を巻き込んでいく展開はとても楽しめました。

労働法がどう遷移していったのか、なぜ派遣社員や期間工は契約期間が短いのかなどを学び知識をつけた4人が、言い合いや仲たがいしながらも、労働者の要求を実現するため、自ら考え、行動し、教えを請いながら立ち向かっていく姿に胸を打たれました。

 

 

本書の登場人物のはるかぜユニオンの岸本さんの言葉が印象に残っています。

「私たちは事の善し悪しよりも、波風を立てず和を守ることが大切だとしつけられてきた。今ある状況をまずは受け入れる。それが不当な状況であっても、とにかく我慢して辛抱して頑張ることが大事だと教えられてきました。同時に、抵抗しても何ひとつ変わりはしないと叩き込まれてきた。
しかし、おかしいことにおかしいと声をあげるのは、間違ったことでも恥ずかしいことでもない。声をあげることで私たちを不当に扱う側を押し返すこともできる。少なくとも、もうこうは言わせない。『誰も何も言わないのだから、今のままで何の問題もないんだ』とは。
声をあげる人が増えれば、こうも言えなくなる。『みんなが黙って我慢しているのだからあなたも我慢しろ』とは。
力のある人とその近くにいる人だけがより豊かになるのではなく、大勢の普通の人たちが生きやすい世界へ変えていくためには、力を持たない私たちが声をあげるところから始めるほかない。

 

ミステリ好きの方におすすめの一冊です。

 

 

さみしい夜にはペンを持て

さみしい夜にはペンを持て
古賀 史健 著, ならの (イラスト)


運動も勉強もできず、緊張して顔が真っ赤になっておしゃべりもできずいじめられている中学三年生のタコジロー。

そんなタコジローが、「日記」という手段を使ってダメな自分と向き合いながら、自分の将来のために書き続けていく物語です。

 

 

SNSに疲れていたり人間関係に悩んでいる人にとって参考になる内容だったと思います。

「考えること」と「思うこと」の違いの話や、自分で考える習慣を持たず誰かが用意してくれた「わかりやすい答え」に飛びつくことの危険性、返事をもらう前提のおしゃべりでは一つの考えに集中させてもらえないといった具体的な話を出しながら、いかに自分の「あの時の気持ち」を言葉に残しておくか、丁寧に解説されていました。

タコジローはとりあえず10日間続けることを約束して日記を書いていましたが、自分の意志で続けることがなかなか難しい。

 

 

私は3年日記を3年間続けて、今は5年日記を書いていますが、日記のよさは今思っていることを書くことだけではなく、書いたものをあとから読み返した時、過去の自分があの時にどんなことを考えていたかが、未来の自分への言葉として残されていることだと思います。

たんにいやなことを書いて発散するという目的だけでなく、未来の自分のために言葉を残して、あとから「どうってことなかった」と笑い話にするためと考えたら、続けやすいかもしれません。

 

 

以下、参考になった内容を要約して抜粋。

・だれかが話を聞いてくれたらうれしい。同意してくれたり、やさしい声をかけてくれたらもっとうれしい。でも、「聞いてもらうこと」より先に「ことばにすること」の喜びがあったんじゃないかな?それは頭の中を大掃除するような気持ちよさじゃないか

・ノートの目的は黒板を写すことじゃない。あとで読み返すはずの自分に向けて、手紙のように書くものなんだ。未来の自分という読者に向けてその時の自分が思ったことを書くべき

・日記には悩み事や悪口をついたくさん書いてしまうが、そのときに大切なのはネガティブな感情とうまく処理を置くこと。湧きあがったネガティブな感情に対して、例えば「ぼくはバカだ」ではなく、「ぼくはバカだと思った」、と過去のものにすることでネガティブな感情と自分との間に少し距離ができるし、過去形で解決済みのこととして扱う

 

ラブレター: 写真家が妻と息子へ贈った48通の手紙

ラブレター: 写真家が妻と息子へ贈った48通の手紙
幡野広志 著

 

幡野さんの、奥様と息子の優くんを想う気持ちが伝わってきてほっこりする内容でした。

「写真は感情を記憶する」

多発性骨髄腫で余命宣告されている中、一緒にいてくれたことへの感謝や楽しかった思い出、子どもが成長する喜びなどが手紙と写真で残っており、そのときの感情が伝わるような、奥様と優くんへ向けたラブレターです。

 

 

特に印象に残った内容を以下に抜粋。


・人生に失敗はつきものなのだから、失敗に対処する力が大切だ。息子の失敗を怒らないということをぼくの憲法にしている。息子には自分の失敗を恐れずになんでも挑戦してほしいし、誰かの失敗を許せるような人になってほしい。そのための教育としてぼくは息子の失敗を怒らずに対処することを教えている。


・親の不安や心配というのは、子どもにとってストレスにしかならない。子どもが幼いころはできないことがある、それをできるようにしてあげることが子育てだ。子育ての目的は簡単にいえば自立をさせることだとおもう。自立させることが目的なら、信じることが手段なのだ。


・年収って数値化できるわかりやすいステータスだけど、本当に大事なのは金銭感覚であって、収入よりも支出のセンスだとぼくはおもう。年収が1000万円あっても家族にお金を使えない人よりも、年収が400万円で自分にも家族にもお金を使える人のほうが結婚相手としてはいいとおもう。支出のセンスっていかにお金をだれかに使えるか?ってことで、誰かに使う支出のことを考えて、その人の笑顔を想像していたほうが楽しい。

 

 

無人島のふたり: 120日以上生きなくちゃ日記

無人島のふたり: 120日以上生きなくちゃ日記
山本 文緒 著

58歳ですい臓がんになり、余命宣告された著者が、コロナ禍で隔離された環境で夫と二人、どう過ごしてきたのかを書き続けた闘病日記です。

 

 

作家として最後まで「書きたい」という気持ちが残っていて、「日記を書くことで頭の中が暇にならずに済んだ」という言葉は著者の本心だと思いました。

自分が借りていたマンションの片付けの話、アメトークや映画を見て夫と笑った話、闘病中でもお気に入りのカフェに行った話、遺言状や葬儀の話、発熱や倦怠感、痛み、腹水といった体の不調の話など、本当に日常的な話から病気のことまで、ご本人の言葉で真剣に描かれていて胸に響きました。

また、お見舞いに来てくださった方に対する著者の感謝の気持ちがものすごく伝わってきました。

「余命四ヶ月でできる治療がない人にかけることばって難しすぎる」とか、「私に会いに来るのはさぞ緊張しただろうと思う」とか、「勇気を出して会いに来てくださって本当に嬉しい」という言葉からも相手への配慮や労いの気持ちがよく分かります。

 

 

私にも妻がいるので、突然の寒気や痙攣で救急車を呼んだり、葬儀のことを質問されたり、いよいよ余命が近づいてきたとさりげなく医師から告げられた時など、旦那さんの気持ちを想像すると思わず涙ぐんでしまいました。

ご冥福をお祈りいたします。

 

未来の年表 業界大変化 瀬戸際の日本で起きること

未来の年表 業界大変化 瀬戸際の日本で起きること
河合 雅司 著


少子高齢化というと、単に子どもが少なくなって高齢者が増えるだけだと思いがちですが、実人口が減るだけでなく、高齢化に伴って一人あたりの消費量が減るというダブルの縮小で、新規採用も難しくなるし、今までと同じように利益を出すことも難しくなってきます。

 

 

人口減少が起こることでビジネスにどんな影響があるのかを、自動車産業、金融業界、宅配業界、農業、建設業界、鉄道業界、生活インフラ、医療業界、寺院業界、葬儀業界など、現時点で導き出せる数値を元にして推測しているので、説得力がありました。

正直、どの業界も大変ですが、人口減少により過疎化が進み、人手不足で電気、ガス、水道といった生活インフラが維持できなくなったり、宅配が配達できなくなったり、医者がいない地域が増えたり、鉄道が廃線になるということは危機的な状況だと思います。

本書では取り上げられていませんでしたが、介護業界や保育・学校・教育関係も現状の体制を維持できなくなってくると考えられます。

 

 

ではどうしていくかということに関しては、本書では「戦略的に縮む」、「一人あたりの労働生産性を向上させる」「多極集中にする」という対策を提案していますが、どれも簡単にできることではなく、今から少しずつ準備していく必要があります。

[おわりに]に書かれていますが、いつかはやらなければいけないと頭では分かっていても、「まずは目の前の課題をこなすのが先だ」といい言い訳しながら後回しにしてしまうという気持ちは本当によく分かります。

この本を読んで、この先どんな心構えをしておく必要があるのか考えるきっかけになりました。