上達論

上達論
甲野 善紀 (著), 方条 遼雨 (著)


本書では、ただ基本を繰り返すだけの練習の危険性や、新たしい事象に対して特定分野に熱心に取り組んだ経験がある人の方が習得が遅くなるという問題をとりあげていて、興味深く読みました。

上達のポイントとして、まずは直接技を受けてみる、理解できなくてもやってみるという考え方で

「大きく学んで、後から細部を整える」

ことをあげており、幼児の言語学習を例えに出して、細かく間違いを指摘するよりも、とにかく喋る、使う経験を続けているうちに、自然と言語を習得していく、という例えは分かりやすかったです。

 

 

また、「解釈」という自分の観点という物差しを通して元の情報を変形させてしまうことの問題をあげており、上達するためには、習得という足し算よりも、既存の情報を上書きするための捨てる、忘れるという引き算の能力の重要性を説いていて、分かりやすかったです。

人はどうしても先入観があるので、捨てる、忘れるのがいかに難しいか、だからこそ別の分野の経験者の方が上達も遅いということが納得できる内容でした。

周りの人がただ言われたまま続けていることを、上達する人は自分の体と対話しながら内部的実験・検証を繰り返している、という話も勉強になりました。

甲野先生でさえ、周りに失敗したことを見せることを恐れず、何度も同じことを繰り返しながら実験して次々と情報収集しており、失敗を重ねながら実験していくことの大切さがよく分かる内容でした。

 

 

他にも印象に残る内容が盛りだくさんでしたので、特に気になった内容を以下に抜粋しました。

・指導する側には適切な難易度設定が重要。「ほどほどに難しく、簡単過ぎない」のが一番おもしろく、ほどほどに失敗し、ほどほどにうまくいくラインを見つけていくのが上達のポイント

・物事の「こつ」とは「加減」で、加減とは「手触りとの会話」である。触覚の向上抜きに、物事の上達は本来あり得ない。あらゆる行為において、直接触れるという要素がとても重要

・失敗したことに対して、指導者が厳しく叱ったり、周りがバカにしたりしては育つものも育たない。失敗は笑い者にせず、笑い飛ばし、失敗しやすい環境をつくるのが大事

 

 

本書の後半は、甲野氏と方条氏の「完全武装解除」の原理に関する対談です。

何かをしようとすることや、力を抜いてうまくやろうとすることをやめるという方向転換をし、体という現場の判断に委ねるという考え方を取り入れて、松の木からの落下もほとんど怪我をせずやり過ごしたというものすごい体験が語られていました。

相手の崩し方や意識のもち方、脳がでしゃばる話、猫の妙術の話など、ものすごく深い内容でした。とても理解できるものではなく、ただただすごいということ、達人たちの凄まじさが伝わってきます。

 


上達論 基本を基本から検討する

小さな幸福論

小さな幸福論
藤尾秀昭 (著)


『小さな人生論』『小さな修養論』シリーズとは別の新たなシリーズ『小さな幸福論』の第一弾です。

人が幸福に生きるためにどんな考え方が大切か、働くこと、生きることの意味とは何か、といったヒントが多く詰まっていて勉強になることが多かったです。

 

 

多くの金言が紹介されていて、仕事に行き詰った時、大切な人を亡くした時、生きるのがつらくなった時に読み返したい一冊でした。

以下、印象に残った内容を抜粋します。

・誰でも努力することは知っているし、多くがそれなりに努力する。だが、努力しなくてもいい環境になると努力しなくなる。それが凡才である。天才は努力をしなければならない環境を自ら創り出して努力することをやめない

・賢は賢なりに、愚は愚なりに、一つのことを何十年も継続していけば必ずものになるものだ。社会のどこにあっても、その立場立場においてなくてはならぬ人になる。その仕事を通して世のため人のために貢献する。そういう生き方を考えなければならない

 

 

・民族が滅ぶ三原則。これはそのまま個人の運命が衰退する道であることを忘れてはならない。
 一、理想を失った民族
 一、すべての価値をもので捉え、心の価値を見失った民族
 一、自国の歴史を忘れた民族

・ゾウから鼻を取ったらゾウでなくなる。キリンから首を取ったらキリンでなくなる。では、人間から何を取ったら人間でなくなるのか。あなたはなんと答えるだろうか。本誌は、それは「心」であると思う

 


小さな幸福論

最後の祈り

最後の祈り
薬丸 岳 (著)


結婚間際の娘を殺害された教誨師の保阪宗佑が、娘を殺害した犯人である石原の教誨を行うことになります。

殺人犯の石原に「生きる希望」を与えることで、死ぬ直前に地獄に叩き落とす言葉を突き刺し、娘の無念を晴らすために。

 

 

物語は教誨師の保阪、刑務官の小泉、殺人犯の石原の3人の視点で描かれていきます。

石原は「死刑にしてくれてサンキュー」と被害者遺族の感情を逆撫でする言葉を放ち、刑務所でも反省する様子は全く見られません。

そんな石原が保坂の教誨を受けることでどうなっていくのか、また保坂も果たして平常心を保つことができるのか、刑務官の小泉は石原とどう接していくのか、興味深くて読み応えがありました。

特に、石原が娘の由亜の最期の姿を語る場面は居たたまれなくなる保坂の気持ちが痛いほど伝わってきて、切なさと怒りがごちゃごちゃになるような感情に包まれました。

 

 

物語の本筋ではない部分ですが、保坂の前に死刑囚に教誨をしていた鷲尾の残した言葉が特に印象的でした。

まずは「死神の手先だ」という言葉。

確定死刑囚の精神状態が動揺したり乱れたりしていると死刑は執行されにくいが、心から罪を悔い改めて償いとして死を迎える覚悟ができたとみなされたときは処刑されやすい。

教誨師は確定死刑囚を速やかに滞りなく刑場に導くために存在しているという言葉はとても重かったです。

また、鷲尾が過去に自分が犯した罪を許せず苦しみもがいている中で、「死刑執行に立ち会うことが自分が犯した罪への罰だ」と受け入れ、死刑執行に立会い続けるという苦行も読んでいてつらかったです。

 

 

さらに、教誨師は無力なのかと問う保坂に対して、鷲尾が言った「せいぜい彼らが抱えている宿題を一緒に考えて悩んでやることぐらいしかできない」という言葉も心に響きました。

自分の身も心もを削って、娘を殺害した男の教誨を行い続けた保坂の胆力は凄まじく最期まで目が離せなかったです。

 


最後の祈り (角川書店単行本)

カラフル

カラフル
阿部 暁子(著)


病気で車椅子生活となった渡辺六花と、怪我をして陸上を続けることができなくなった荒谷伊澄。

同じ高校に通い同じクラスになった二人が、同級生たちとともに世の中には色々な人間がいることを実感しながら成長していく物語でした。

 

 

「障がいは個性」とよくいうけれど、今の六花はこれを個性と言われたくない。自分の足で歩けるようになりたいという気持ちと、なんとか折り合いをつけて生きていこうという気持ちを行ったりきたりしている状況で、個性なんていいものには思えない。けれど、個性という言葉がダメと言っているわけではなくて…
というところが本当に難しいところだと思います。

必ずしも正解があるわけではなく、その人それぞれの気持ちをその都度、尊重して考えるのが大事ということがよく分かる内容になっていました。

誰かの手を借りないと、助けてもらえないと、どうにもできない時があって迷惑をかけてしまうことがある。

本当は誰にも迷惑なんてかけたくないけれど、それを言葉にして伝えるのは勇気がいることだし、話しても理解してもらえないかもしれない。

それでも簡単に「仕方ない」で済ませることをせず、少しずつでも何に困っているのか、どうしたらできるかを考えていくというプロセスには多くの学びがありました。

 

 

青嵐強歩という高校の歩きイベントにおいて、六花の参加をめぐるクラスの議論で矢地先生が言った

「差別とは、相手を何とかわかろうとする意志を、手放したときに始まるものなのだと思います。
でも、どうか少しだけでいい、常に目の前にいる人の気持ちを想像してほしい。抱えている痛みを思いやってほしい。どうか、この世界にはそれぞれにまったく違うたくさんの人が生きていることを知ってください。それをいつも頭のかたすみにおいて、出会う人の一人ひとりに敬意を払い、誠実に接せられる人間に、みなさんはなってください」

という言葉に、今の多様性の時代に大切なことが詰まっていると思います。

世界がカラフルであることはいいことだと信じたい。そんな心温まる物語でした。

 


カラフル

まいまいつぶろ

まいまいつぶろ
村木 嵐 (著)


生まれつき言語が不明瞭かつ頻尿の症状があり小便をもらすこともしばしばあった第九代将軍の徳川家重。

その家重の側近であった大岡忠光の生涯を、忠光の身近にいた様々な人物の視点から描いた物語です。

自分の言葉を誰にも理解してもらえず癇癪を繰り返してきた家重が、初めて自分の言葉を理解してくれる忠光と出会いますが、忠光が伝えた言葉が本当に家重が言った言葉なのかと周囲から疑われ続けます。

 

 

自分の出世など望んでおらず、家重の苦しみを少しでも軽くしたいと心から願う忠光の心意気に胸を打たれました。

家重が座っていた場所が濡れていることから、影でまいまいつぶろ(かたつむり)と言われ、それを家重に告げるかどうか悩む忠光。

誰よりも家重の苦しみを理解しているから忠光だから、余計な告げ口をすることで家重のそばから遠ざけられる危険性を考え、おじの大岡忠相に言われた「そなたは決して長福丸様(家重の幼名)の目と耳になってはならぬ」という教えを、どんな時でも生涯守り続けた志は本当に立派だったと思います。

 

 

「ただ口がきけぬだけ」のことで、能力は弟の宗武よりも秀でているにも関わらず、見下されてきた家重。

家重を見守り続けてきた老中の酒井忠音が語った

「己の力を過信する宗武ではなく、己を卑下し続けてきた家重だからこそ父である吉宗の改革を前に進めることができる」

という言葉と、家重と交わした将軍を目指す決意を固めた場面は胸に響きました。

老中たちや側近による家重を将軍にしないような企みや、吉宗が次期将軍をどうするか思い悩む場面も読み応えがありましたが、最後に家重と忠光が語り合う場面がもっとも好きでした。

 

 

お互いの本音がぶつかりあい、お互い相手を心から敬い大事に想っていたことがよく分かりましたし、特に

「もう一度生まれても、私はこの身体でよい。忠光に会えるのならば」

という言葉は涙腺が緩んでしまいました。

最後まで心温まる物語でした。

 


まいまいつぶろ