踊りつかれて

踊りつかれて
塩田 武士 (著)


SNSの誹謗中傷がきっかけで自殺したお笑い芸人と、週刊誌の過度な執着により居場所を奪われた歌手を取り上げて、ネットのインフラ化やSNSの普及が社会にどんな影響を及ぼしているのかを描いた話です。

SNSの普及により、誰もが気ままに自分の意見を投稿できることになった一方、匿名性を武器に自らのストレス発散のため、有名性に対して敵意といった攻撃性を持ち、暴言、誹謗、中傷という銃を撃ちまくる安全圏からのスナイパーによる殺人を取り上げたのはとてもインパクトがありました。

 

 

本書では、告発者により安全圏のスナイパーたちが行った行為と、その個人情報を公開することにより、被害を受けた者と同じ状況に追い込むことから物語が始まっていきます。

告発者の瀬尾政夫はすぐに発見され、安全圏のスナイパーの一人から訴えられて警察に身柄を拘束されます。

弁護士の久代奏は、瀬尾政夫の弁護をすべく依頼人の物語を紐解いていく、という展開です。

事実よりもおもしろいことを優先する、自分が信じたい情報ばかり集める、承認欲求や小遣い稼ぎのために記事として配信する、といった悪意の連鎖により、攻撃された者はどれだけ追い詰められるのか、分かりやすく描かれていました。

 

 

攻撃のターゲットになった人間が浴びせられる情報量と、実際に負うべき責任との間に大きな乖離があり、社会的影響力の大きさがそのまま的の大きさになっているというのも、こういった悪意の特徴です。

厄介なのは、ネットに公開するやつがいる限り、過去の過ちが鮮度を保ち続けるということ。

面と向かっては主張できなくても、匿名性の高いツールをストレスの捌け口として利用する人が増えている現代社会において、今の法律は現代の情報が持つ力の大きさに対応できていないという主張は共感できました。

 

 

個人が匿名で情報発信できるから何を言ってもよい、という風潮には歯止めをかけるべきだと思いますし、当事者を死に至らしめるまで追い詰めるきっかけとなったネットユーザーに対して、警鐘を鳴らした一冊でした。

「匿名性は悪意の免罪符ではなく、人間の成熟度をシビアに測る物差し」という言葉は印象に残りました。

 


踊りつかれて (文春e-book)

ジャガー・ワールド

ジャガー・ワールド
恒川 光太郎 (著)


文明が発達する以前の時代の生き方や戦いを描いた壮大な物語です。

ある土地を支配しているエルテカ国。

生贄を捧げるため、別の島や国で人間を捕獲し連れ去ってくる。

国の王は暴君と呼ばれ、理由もなく人を殺したり、他国へ戦争を仕掛ける。

戦争を仕掛けられた国は報復し、戦いは続いていく。

また、争いが起きた時の解決手段として、儀式戦争という取り決めに基づいた戦いが行われ、それに立ち会ったり、監視する民族もいる。

 

 

王の身勝手に振り回される民の怒りが爆発する中盤からは特に読み応えがありました。

生贄を捧げる儀式を否定する邪教集団ことレリイ教団、生贄のための人間捕獲を阻止すべく立ち向かう黒仮面の賊ことサリュザの海賊、そして王国の王となった神官のフォスト・ザマ、最強の戦士ドルコなどがぶつかりあっていきます。

「人間は贅沢なので、食べて糞して寝るだけでは飽き足らず、日々をもっと面白くしたいと考えて、歌い、踊り、戦い、殺し、喰うのだ」

という考えは人間の心理だと思いました。

 

 

だからこそ、この時代においても儀式戦争が行われ、優劣を決めたがる。

そして、勝利の味を覚えた者たちは、延々と次の勝利を求めるようになり、人生を狂わせ滅びの道へとつながっていく。

国は誰か正しく導くものがいなければうまくいきません。

権力を忌避しているのに王にされ、不殺を説いても人を殺し、世界に闇が広がっていく。

誰のために人生を歩んでいくのか、誰を信じて付いていくのか。

最後まで楽しめる最高の物語でした。

 


ジャガー・ワールド

人間には12の感覚がある

人間には12の感覚がある 動物たちに学ぶセンス・オブ・ワンダー
ジャッキー・ヒギンズ (著), 夏目 大 (翻訳)


人間が持つ感覚と言うと、五感(視覚、嗅覚、聴覚、触覚、味覚)と思われていますが、神経科学者に話を聴くと、もっとたくさんの感覚があるという意見もあり、専門家の間でも意見が一致していないそうです。

また、五感の働き方も一通りではなく二通り以上存在しているし、人間の知覚は単一の感覚だけで完結しているものはほとんどなく、複数の感覚が複雑に絡み合って生み出されています。例えば、何かを見たとき、多くの部分が視覚によって成り立っていますが、同時に聴覚や触覚、嗅覚も働いています。

 

 

本書ではいわゆる五感以外に、視覚を色覚と暗所視に分け、快感・痛み、フェロモン、平衡感覚、時間感覚、方向感覚、身体感覚と12の感覚について解説されていました。

自分の身体の各部が今どこにあるかを知らせる感覚など、働いていることが意識されない感覚も存在しており、感覚はまだまだ分かっていないことも多い中、様々な動物が持つ特殊な感覚と、それと関連する人間の感覚を考察した内容となっていて、とても興味深く読みました。

色覚が豊かなモンハナシャコ、暗い環境でも周囲を見ることができるヒナデメニギス、音から獲物の場所を突き止めるカラフトフクロウ、外と直に接している11対の触手がある鼻をもつホシバナモグラ、八日間休みなしで食べず、飲まず、眠らずに飛び続けて太平洋を一気に越えたオオソリハシシギ、脳の指示と関係なく独立性がある腕を持つタコなど、生き物たちの生態は分からないことだらけです。

そんな動物たちの感覚機能と、人間の持つ感覚機能を比較したり、分析したりしながら展開されていきますが、何よりもすごいのが人間で、様々な感覚において高い順応性を持っていることがよく分かります。

 

 

本書を読んでいると様々な感じ方をする人が出てきます。同じ感覚でも人によって、見え方や聴こえ方、感じ方はそれぞれ異なり、「普通」ということが何なのかよく分からなくなります。

また、何かの感覚が欠落していても、その他の感覚が研ぎ澄まされていることも多いです。

全盲でも触覚を頼りに、目が見える人と同じように絵が描ける人は、視覚と触覚が同等になっているといいます。

視覚と聴覚がなければ触覚はさらに敏感になるという考えを証明する実験で、実験開始二日目で被験者の脳がすでに変化し始め、五日目になると触覚情報が視覚野を活性化させるようになるという結果はとても興味深いです。

 

 

他にも印象に残る内容が多くあったので、以下に抜粋しました。

・全色覚異常の人物の言葉「私たちは、見て、感じて、匂いをかいで、あらゆることを同時に受け止めるが、その時あなた方はただ色を見ているだけだ」

・盲目の動物はいるが、聴覚のない動物はいない。音はエネルギーや物質が存在するところには必ず存在する。音は単なる振動で、わずかな動きでも空気の分子を動かしさざ波のように四方へ広がる

・聴覚とは単に音をとらえるものではなく、周囲の空間の様子を描写したり、音の発生源を特定する働きも持っている

 

 

・脳内には感覚の種類ごとに担当の部位があるという見方は改めた方がいいかもしれない。例えば有線野は視覚がある状態では視覚のみに対応するが、視覚がない状態では即座に他の感覚に対応し始める

・失って存在しない手足の存在を感じる幻視と同様、存在しないはずの味を感じる幻味という現象もある

・人間の聴覚が区別できる音色は平均で数十万種類、人間の視覚が区別できる色は数百万種類だと言われている。しかし、人間の嗅覚は少なくとも一兆種類のにおいを区別できる

・私たちは匂いをかぐときに、二つの鼻孔から入ってくる匂い情報を比較している。これは二つの耳を使って音源の位置を知ることや、二つの目を使って奥行きを知ることに似ている。二つの情報がそれぞれの感覚を立体的にしている

 

 

・目には桿体細胞と錐体細胞以外の、時間感覚のための概日光受容体である感光性網膜神経節細胞がある

・自己受容感覚があるからどの筋肉をどう動かすか考えなくても無意識に動かすことができる。この感覚を失うと、外から自分の身体を見て、常に意識的に制御するという大変な労力が必要になる

 


人間には12の感覚がある 動物たちに学ぶセンス・オブ・ワンダー (文春e-book)

月収

月収
原田 ひ香 (著)


世代が異なる6人の女性たちの月収をめぐる物語です。

年金暮らしで少し生活費がほしい、小説を書くために派遣の仕事ではなく別の収入がほしい、両親の老後のために定期的にお金を貯蓄・運用したい、パパ活でお金を貯めたい、お金には困っていないのでどう使うか考えている、介護の仕事では収入が少ないから事業をやりたい、それぞれの思惑があり、どうお金を増やしていくかが現実的で丁寧に描かれていました。

シルバー人材センター、新NISA、パパ活、ふるさと納税、不動産投資など、どれも実際に行われているものなので、馴染みがあったし、実際にどのようにやっているのか知ることができたのもよかったです。

 

 

年収を96万円以下にすれば、税金はほとんどかからず、健康保険も安くなるというのをうまく使っているケースも紹介されていました。

本当に色々なお金の稼ぎ方、運用の仕方がありますが、何のためにお金が必要なのか、「お金があること = 幸せ」ではないというのは本書を読んでいるとよく分かります。

 

 

本書の中で、自身がやっていた事業をきちんと整理して、一回り上の夫から相続した財産をどう使うか考えながら生きている鈴木菊子の言葉が印象に残りました。

・どんな仕事も、今この時じゃないとできないことがあると思うの。三十代の初めの今じゃないと書けないこともあるし、デビューして四年の今じゃないとできないこともある。何より、仕事の筋肉っていうの?そういうのも衰えちゃうかもしれないよ

 

 

・事業ってうまくいくことも、いかないこともほとんど選べない。人間というのは誰でも収入に関して、選べることなんてほとんどないのかもしれない。少ないことはもちろん、多いことも。できるのは努力するのをやめることだけ

・今の自分が少しでも癒されるのは、お金ではなく、本当に自分の身体を使った行為だけのようだということがわかった

お金について考えたい人におすすめの一冊です。

 


月収

俺たちの箱根駅伝

俺たちの箱根駅伝 上・下
池井戸 潤 (著)


今年もまた箱根駅伝の季節が近づいてきましたので、箱根駅伝にまつわる本の紹介です。

箱根駅伝を「名門校の優勝争い」という視点ではなく、「学生連合チームとしてのプライド」と、「箱根駅伝を放送する責任を負ったTVマンたちの奮闘」という、別の側面から描いた感動の物語でした。

学生連合はどんなによい記録を出しても正式記録に認定されず、チームとしての一体感も目的もなく、モチベーションを保つのが難しい。

そんな中、学生連合チームがどんな準備をして、一体感やモチベーションをあげていくのか、読み応えがありました。

 

 

上巻では「考える力」が繰り返し語られていました。

レース前にどんなに戦略を立てても予定調和は成立せず、大なり小なり必ず予測しなかった何らかのトラブルが起きる。そのとき、どこで抑えるのか、どこで仕掛けるのか、その見極めが勝敗を決める。そのときに必要なのが創造力であり思考力で、思考力のないランナーは決して成功しません。

ただ速く走るだけでなく、考えることを求めた監督に対して、選手たちがどう答えて行くのかが読みどころです。

 

 

下巻は、気持ちを一つにして、目指すは三位以上という目標を共有した学生連合チームがどんな走りを見せるのか、そしてTVマンとして箱根駅伝の中継はうまく進行できるのか、男たちの真剣勝負の舞台が整ったところから始まります。

選手たちが抱える想いや覚悟、レース中の突然の不調や故障、箱根の悪天候、目まぐるしく動く上位争い、箱根駅伝を中継するTVマンたちの仕事ぶりなど、読み応えがあり一気読みでした。

どの選手にも事情があり、支えてくれる人がいて、様々な想いを乗せて走っている。選手たちそれぞれのドラマもよく考えられていたと思いますし、レース中の甲斐監督の一人ひとりへの声かけは素晴らしかったです。

仲間たちの想いやタスキの重みから、平常心でレースに臨むことが難しい箱根駅伝においては「メンタルが七割」と言われています。

想定外のことが起きるのではという不安や、どう走るべきか判断に迷うことからこそ、事前に様々な状況を想定し、議論しておくことがメンタルの強化に繋がっていきます。

何が正解かを判断するのは自分であり、それは人生にも通じるという考え方は印象的でした。

 

 

走っている選手だけでなく、監督や家族、チームメイト、応援してくれる観客、視聴者、そして中継しているTVマンたちなど、多くの人に支えられて箱根駅伝がある。

そんな箱根駅伝の魅力が存分に楽しめる感動の物語でした。

ちなみに、本書は2026年にドラマ化されるみたいですので、それも楽しみです。

参考サイト:日本テレビ 俺たちの箱根駅伝
https://www.ntv.co.jp/orehako/

 


俺たちの箱根駅伝 上下巻セット