黄金の刻 小説 服部金太郎 (集英社)
楡 周平
世界的時計メーカー「セイコー」創業者・服部金太郎の丁稚奉公の時代から、セイコーを創業して苦難の末に大成功を収めるまでの一代記です。
本書は史実をもとにしたフィクションとのことでしたが、読みごたえ満載でした。
丁稚の時代、主人の粂吉がもっていた懐中時計を見たことをきっかけに、金太郎は時計商の道に進むことを考えます。
時計は本体の販売、修理、手入れと3つの商機があるうえ天候に左右されず、最小限の人手と資金で開業できる。
その点に目をつけた商売がどうやって広がっていくのか楽しめました。
本書の最大の魅力は金太郎の誠実さ、実直さで、それが多くのよい縁を育むきっかけになったのだと思います。
最初にお世話になった洋品問屋の辻粂吉には商売のイロハと人としての在り方を教わります。
その次の亀田時計店では、修理技術は教えてもらえませんでしたが、一流の修理の腕を見て学びます。
さらに次にお世話になった坂田時計店では、時計の修理技術を教わります。親方が親戚の請人になり、借金で店を失うことになった際、金太郎がとった誠意ある行動は後々までの語り草となりました。
自分のお店を持ってからは、卓越した技術を持ち盟友となる吉川鶴彦との出会い、外国商館との取引における信用や商慣習を教えてくれた吉邨英恭との出会い、東京商業会議所の渋沢栄一との出会いなど、誠実な態度から多くのよいご縁に恵まれていきます。
しかし、せっかく開業した店が火事で焼け、さらに関東大震災でも店や工場を全て失い、二度も店を失う危機に直面します。
それでも、生きる力を失わず、お世話になった方への恩を忘れず、誠実にお客さまや社員へ対応を行う、金太郎の生き様は本当に素晴らしく勇気付けられました。
個人事業主やこれから独立しようと考えいる方には、とても勉強になる内容だと思います。
以下に、本書で印象に残った言葉を以下に抜粋。
・腕のいい職人になるためにはどんな修業が必要か。まず、本人の修理を身につけようという意志と熱意。次に熟練の技を持った職人の修理をどれほど見るか。その上で、基本技術を徹底的に繰り返し、指先が自然に動くまで体に叩き込む。そして、修理する時計がどこを、どう直してほしいのか、時計の声を聞く。つまり、想像力と勘を鍛えることだ。
・思い通りにならないのは、何とももどかしく感じるものだし、不幸な目に遭えば己の運を、神様を呪いたくもあるものだ。でもね、今があるのは、あの時の失敗や挫折があればこそ。あの時、思い通りに事が進んでいたならば、今の成功はなかった。後で振り返ってみると、そう思えることが多々あるものなんだよ。だから人生は面白いんだ。
・自分で考え、こたえを見出すのは大切なことだし、価値ある行為には違いない。しかしね、先人が考え、見出したこたえには、耳を傾けるべき点があるのもまた事実。人生は長いようで短いものだ。白紙の状態から考えるよりも、先人の教えに従い、さらによりよいこたえを見つけるべく、そこから先を模索する方が、時間を有効に活用できるんだが、これができる人間は、そういないものだ。
・天災じゃあ仕方ないで済ませて下さるお客さまも中にはおられるだろう。だがね、商売で最も大切なのは信用だ。時計はお客さまの財産、つまりおカネと同じなんだ。これは損得の問題ではない。お返ししなければならないものは、たとえ損をしてでもお返しする。それが服部時計店のあり方なんだ。

黄金の刻 小説 服部金太郎 単行本 2021/11/26 楡 周平 (著)