勿忘草の咲く町で 安曇野診療記(角川文庫)
夏川 草介
医師の夏川先生の著書です。
治すのではなく、看取るのでもなく、命と向き合う高齢者医療の現場をリアルに描いた医療小説です。
高齢化社会が進み、高齢者で溢れかえった医療現場は、人的にも経済的にも支えられなくなってきています。
そんな現実とどう向き合っていくのか、胃瘻をしたり人工呼吸器をつけたりどこまで延命すべきなのか、真に悩み、考え抜く医師や看護師の姿がここには描かれていました。
「人が生きるとはどういうことなのか。歩けることが大事なのか、寝たきりでも会話さえできれば満足なのか、会話もできなくても心臓さえ動いていれば良いのか、正解があるわけではない。しかし、正解のないこの問題に、向き合うことはぜひとも必要である。けれども、今の社会は、死や病を日常から完全に切り離し、病院や施設に投げ込んで、考えることそのものを放棄している。」
本書から抜粋した文章ですが、この言葉は多くの人の胸に響くと思いました。
・誤嚥性肺炎で亡くなった高齢者を医療ミスだ・訴訟だと騒ぎ立てる遺族
・とにかくできることは何でも全部やってくれ、難しいことはよく分からないと「悩む」ことを放棄する家族
・そんな患者や家族と真剣に向き合いながら、どうするのが最善かを常に悩み続ける医師
現代社会の医療の問題点に真正面から向き合っている誠実な物語は考えさせられることが多かったです。
そんな中、95歳の母のやゑさんと70歳前後の息子の八蔵のやり取りは好きでした。
「お迎えはまだ来ないのかい」と言いながらも心から母のことを心配する八蔵と、お迎えを望んでいるやゑさんの姿が愛おしく感じられました。
また、研修医の桂正太郎と3年目の看護師の月岡美琴の掛け合いはほっこりするものでした。
青色の勿忘草(ワスレナグサ)の花言葉は「真実の愛、誠の愛」です。
医療従事者として、人間として成長した二人の姿をまた読みたいと思う物語でした。

勿忘草の咲く町で 安曇野診療記 (角川文庫)