誰がために医師はいる

誰がために医師はいる クスリとヒトの現代論(みすず書房)
松本俊彦

 

アディクション(嗜癖問題、依存症)臨床の専門家として、特に薬物依存症患者の治療に尽力してきた松本先生の半生を描いた実話は読み応えがありました。

 

自らの過去の過ちや後悔についても惜しみなく披露しつつ、それをその後の学びに繋げている姿勢は素晴らしいと思います。

 

 

松本先生が、薬物依存症の患者さんに対して、薬を処方したり、薬物の健康被害を説明し続ける以外のやり方を必死に考え、患者さんに教えられながら、アディクション臨床にのめり込んでいく姿が印象的でした。

 

「自分よりも薬物の知識のない医者のところにどうして俺が来ているか分かるか?それは、クスリのやめ方を教えてほしいからだよ」

 

 

こんな患者さんの言葉に衝撃を受けながら、自助グループによって患者さんが過去と未来の自分に出会う効果や、薬物依存リハビリ施設との関わり、クスリに対する欲求を抑えることができたときのやり方を聞いてみるなど、患者さんとの対話の中で、治療のきっかけを見つけていくところに大きな学びがありました。

 

 

ネズミの楽園という実験の話が例にあげられていましたが、アディクション(依存症)の反対語は、「しらふ」ではなく、「コネクション」(つながり)であるという話は興味深かったです。

 

孤立している者ほど依存症になりやすく、依存症になるとますます孤立するから、まずはつながることが大切であるという考え方は非常に納得できるものでした。

 

 

他にも、精神科臨床に真正面から挑み続けた松本先生の経験談は勉強になることが多かったです。

印象に残った内容を以下に抜粋しました。

・この世には「よい薬物」も「悪い薬物」もなく、あるのは「よい使い方」と「悪い使い方」だけである。「悪い使い方」をするヒトは、必ず薬物とは別に何か困りごとや悩み事を抱えている。

 

 

・精神疾患なんて三つしかない。泣き言と戯言と寝言だ。この偽悪的な言葉は、要するに細かな診断に拘泥するのではなく、患者自身の物語にちゃんと耳を傾けろという意味なのではあるまいか。

 

・「ダメ。ゼッタイ。」という薬物対策の標語について、この誤訳のせいで生きづらさや痛みを抱えて孤立する人たちの視点を失い、「人」の存在を無視し、薬物という「物」の管理・規制・撲滅に特化したものになってしまった。

 


【この記事を書いた人】

photo 西ヶ原四丁目治療院 院長の佐藤弘樹(さとうこうき)と申します。
はり師・きゅう師・あんまマッサージ指圧師の国家資格を持ち、病気の治療、予防のお手伝いをしています。

たった一人でも、「治療に来てよかった」と満足していただき、 人生を豊かに過ごすお手伝いをすることを理念としております。
お気づきの点や質問等ございましたら,どうぞご遠慮なくお聞かせくださいませ。

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