踊りつかれて
塩田 武士 (著)
SNSの誹謗中傷がきっかけで自殺したお笑い芸人と、週刊誌の過度な執着により居場所を奪われた歌手を取り上げて、ネットのインフラ化やSNSの普及が社会にどんな影響を及ぼしているのかを描いた話です。
SNSの普及により、誰もが気ままに自分の意見を投稿できることになった一方、匿名性を武器に自らのストレス発散のため、有名性に対して敵意といった攻撃性を持ち、暴言、誹謗、中傷という銃を撃ちまくる安全圏からのスナイパーによる殺人を取り上げたのはとてもインパクトがありました。
本書では、告発者により安全圏のスナイパーたちが行った行為と、その個人情報を公開することにより、被害を受けた者と同じ状況に追い込むことから物語が始まっていきます。
告発者の瀬尾政夫はすぐに発見され、安全圏のスナイパーの一人から訴えられて警察に身柄を拘束されます。
弁護士の久代奏は、瀬尾政夫の弁護をすべく依頼人の物語を紐解いていく、という展開です。
事実よりもおもしろいことを優先する、自分が信じたい情報ばかり集める、承認欲求や小遣い稼ぎのために記事として配信する、といった悪意の連鎖により、攻撃された者はどれだけ追い詰められるのか、分かりやすく描かれていました。
攻撃のターゲットになった人間が浴びせられる情報量と、実際に負うべき責任との間に大きな乖離があり、社会的影響力の大きさがそのまま的の大きさになっているというのも、こういった悪意の特徴です。
厄介なのは、ネットに公開するやつがいる限り、過去の過ちが鮮度を保ち続けるということ。
面と向かっては主張できなくても、匿名性の高いツールをストレスの捌け口として利用する人が増えている現代社会において、今の法律は現代の情報が持つ力の大きさに対応できていないという主張は共感できました。
個人が匿名で情報発信できるから何を言ってもよい、という風潮には歯止めをかけるべきだと思いますし、当事者を死に至らしめるまで追い詰めるきっかけとなったネットユーザーに対して、警鐘を鳴らした一冊でした。
「匿名性は悪意の免罪符ではなく、人間の成熟度をシビアに測る物差し」という言葉は印象に残りました。

踊りつかれて (文春e-book)




西ヶ原四丁目治療院 院長の佐藤弘樹(さとうこうき)と申します。