産経新聞に掲載されていた記事からのご紹介です。
直球&曲球のコーナーに出ていた落語家の春風亭一之輔さんの
「子供たちが最初に聴く落語への責任」という記事です。(2025/10/30 朝刊)
一之輔さんが久しぶりに落語の学校公演に行った話が紹介されていました。
その中で、
「子供たちが最初に聴く落語が自分の落語という責任の重さ」
という言葉がありました。
一之輔さんがやっている年1回の独演会が今年で19年目を迎え、初回に来た6歳の男の子が25歳の大学院生になっていて、その子に最初に来たときのことを覚えているか聞きました。
『最初が面白かったからまた行こうと思いました。面白くなかったら来なかったかな』
という言葉を聞いて背筋が伸びたそうです。
「落語は面白くないと行かない。至極当然のことだが、案外忘れがちな事実。お客はなんとなく来てくれるものではないのだ。笑わない、とか言ってられない。笑わせる、のだ。笑わせないとその子と落語の縁が切れてしまう」
この記事を読んで、「鍼灸」でも同じことが言えると思いました。
以下、一之輔さんの言葉を「鍼灸」に置き換えて説明します。
「患者さんが最初に受ける鍼灸が自分の鍼灸という責任の重さ」
鍼灸は他のところでやったことがあるけど痛くて(または熱くて)、症状が楽にならなかったからもうやりたくない、と初診の患者さんに言われたことが何回かあります。(その場合は、あん摩マッサージ指圧の施術で対応しました)
最初に鍼灸を受けたときの経験というのはとても大事で、それがよい印象であれば他のところでもやってみようという気持ちになります。
しかし、悪い印象の場合にはもうやりたくない、ということになってその患者さんは鍼灸を受けなくなります。
自分自身と相性が合わないのは仕方ないですが、鍼灸が痛い(熱い)、効かないと思われるのは、同業の方にも影響が出てしまうのです。
「鍼灸は症状が楽にならないと行かない。至極当然のことだが、案外忘れがちな事実。患者さんはなんとなく来てくれるものではないのだ。治らない、とか言ってられない。治す、のだ。治さないとその患者さんと鍼灸の縁が切れてしまう」
症状が治らなくても、少しでも楽になった、動かしやすくなった、といった変化がないと、患者さんは来てくれなくなり、鍼灸との縁が切れてしまいます。
患者さんはなんとなく来てくれるのではなく、「つらかった症状が鍼灸でよくなった」、「あそこに行くと痛みが楽になる」、「話を聴いてもらえて心が落ち着いた」というような、来てくれるための理由があります。
どうしたら患者さんの症状が改善するか、つらい状態が少しでも楽になるか、を日々考えながら、施術を行っていきたいと思います。





西ヶ原四丁目治療院 院長の佐藤弘樹(さとうこうき)と申します。