痛み、人間のすべてにつながる――新しい疼痛の科学を知る12章
モンティ・ライマン (原著), 塩﨑香織 (翻訳)
痛みとは保護の仕組みであって、感知のシステムではない。
痛みとは、身体が危険な状態にあるという無意識の脳の判断を意識的に解釈することで、痛みは傷害に対する単純な反射反応というより、むしろ生体の健康状態に関する一つの見解である。
「痛みは身体組織の中でつくられ、脳によって感知される」のではなく、「痛みは脳がつくるものであり、私たちの安全装置兼守護者であり、組織損傷の通報者ではない」という最新の痛みの科学に根ざした見解は、痛み治療の新たな可能性を示唆していて、とても興味深く読みました。
本書では痛みの様々なケースが紹介され、痛みがたんに組織損傷からくるものではないこと、脳が痛みをつくりだしていること、周囲の状況や感情によって痛みの程度が変わること、を細かく示していて、とても勉強になりました。
痛みを感じない無痛症の患者さん、注意をそらすこと痛みが変化する実験、治療を信じる期待感が脳の薬箱を開ける話、情動と痛みの関係、痛みも状況によっては快楽になる話、痛みが伝染したり共感覚をもっている人の話、社会的孤立が痛みにつながることなど、多岐に渡る内容で、本当に読み応えがありました。
重要なポイントが多すぎてうまくまとめられませんが、個人的に印象に残った内容を以下に抜粋します。
・危険な戦場から安全な場所に行くことで痛みを感じなくなり、安全な立場から危険な状況に置かれたために痛みを生じさせるというのは、危険を知覚すると痛みがつくり出され、安全だと感じれば和らぐ脳の仕組みに関係がある
・ポジティブな言葉や暗示は、痛みにポジティブな効果をもたらす。安全だという感じを強め、危険だという感じを減らすポジティブな言い回しや比喩、考えが長期的な痛みを管理する上で効果的にはたらく
・悲しい気分が呼び起こされると感覚的・情動的な側面にかかわる脳の領域(扁桃体、島皮質、下前頭回、前帯状皮質など)の活動が高まり、痛みが悪化する
・誰かの心理状態をネガティブなほうに操ると、脳の中にある「不安の音量ボタン」が作業して不安が大きくなり、脳は痛みの出力を増幅させようとする。
・まったく同一の刺激が、ある文脈においては痛みを引き起こし、別の文脈では安堵と快感をもたらす現象を「快楽度の反転」という。これは安全装置としての痛みの役割であり、身体を均衡状態に近づけるものは快い刺激として感じられるし、身体を不安定な状態にさせるような刺激はすべて不快なものと感じられる。
・私たちは他者の痛みをミラーリングして、他者の行動を鏡のように映し出して反応しており、時々痛みの感覚までつくりだしてしまう場合がある。これは私たちがダメージを学習し、回避できるようにする防護のメカニズムであるが、それが過保護に働きすぎると、他社の動作でも痛みを感じるようになってしまう。
・ローテクかつ副作用ゼロの鎮痛薬、それは手で触れること。私たちは皆、安心させるように撫でられたり軽くたたかれたりしたときの、気持ちがなごむ心地よい感覚を知っている。これは大人でも乳児でも同じで、皮膚に存在するC触覚繊維が活性化し、痛みが緩和される
・痛みは社会的な意味をもち、孤独な人、疎外された人、声をもたない人など、社会に傷つけられた人では、痛みも悪化する。孤立や屈辱、威嚇、抑圧、不公平など、これらはいずれも身体的・情動的な痛みの経験をいっそうひどくする。痛みは安全によって鎮められ、脅威によってあおられる。
・編み物には運動+刺激豊かな環境+社会とのかかわり、といった様々な効能がある。リズミカルな反復動作は痛みの緩和剤であるセロトニンの分泌を促す。編み物は左右両側の調和の取れた動きで視覚的なインプットを行うことで脳の再配線が行われる。さらに創造的な活動は、目的意識や適応力、コントロール感を与え、やりがいや目標、賞賛、楽しみをもたらす。
では、持続痛に関する治療法はどうするのか。
本書では以下の3つがあげられていました。
変更:脳が安全だと感じるように身体と心、環境から脳の文脈を変更させる
視覚化:脳を奪い返して痛みを弱める
教育:知識は力なり
特に視覚化の話は印象的でした。
ミラーボックスによってつくり出される視覚的錯覚や段階的運動イメージ法で、脳が再訓練されて幻視痛や持続痛が除去できるという話や、実験参加者にVR映像で膝の関節が伸び縮みする映像を見せながら、他者がふくらはぎに手を添えて膝に向かって押したり、引っ張ったりすることで視触覚錯覚が生み出されて痛みが軽減したという話は驚きでした。
また、痛みを緩和できそうな7つの領域の頭文字をつなげて「MINDEST」となる話も分かりやすく、勉強になりました。
M:medications(薬物療法)
I:interventions(介入)
この2つは従来の医療の世界で用いられる鎮痛法。
N:neureoscience education(神経科学教育)
介入が治療者任せではなく、患者さんが自分で健康を管理する意識の重要性を示している。
D:diet(食生活)
S:sleep(睡眠)
E:exercise(運動)
T:therapies of mind and body(心と身体のセラピー)
D、S、Eは従来から言われているもの。
Tは認知療法やトラウマを扱うセラピーなど、様々なものが含まれる。
持続痛に手っ取り早い解決法は存在しません。
患者さんのことを、その人が抱える痛みとして見るのではなく、受容器と神経のまとまりとして見るのでもなく、人間として見るという新しい痛みの理解が必要だという最後の言葉には共感できました。
痛み、特に持続痛に関する様々な可能性や、今までの認識を改めるのに役立つ一冊でした。

痛み、人間のすべてにつながる――新しい疼痛の科学を知る12章






西ヶ原四丁目治療院 院長の佐藤弘樹(さとうこうき)と申します。