学びつづける教師に: こころの扉をひらくエッセイ50
佐久間 勝彦 (著)
カリキュラム通りにただ効率良く授業をするのが教師の仕事なのか、考えさせられる内容でした。
本書は教師向けに書かれた本ですが、教師以外の社会人が読んでも、学び続ける大切さが分かる一冊になっていました。
特に子どもに関わる仕事をしている人や、何かを極めたり追及したりする仕事をしている人には、心に響くことが多いと思います。
以下に印象に残った言葉を抜粋します。
・手道具は体そのものだ。体の一部として、考え通り、感じたとおりに使えなくては意味がない。嘘を教えれば嘘を覚える。研ぎは全くそうや。ほんとうを覚えるのには時間がかかる。時間はかかるが、一旦身についたら、体が今後は嘘を嫌う。嘘を嫌う体をつくることや。それは刃物研ぎが一番よくわかる
・教室が現場に変わると、ひたむきさが広がり、はりつめた空気のただよう教室で追求が進められていく。授業に引き込まれて心地よさを覚えるのは、「あと少しでわかりそう」、「わかりそうだけど答えが出せない」という状況において、その状態での深みやおもしろさにはまっている状態なのだと思う
・人の話を引き出し正確に聞き取って深く理解すること(インタビュー)と、見知らぬ土地を訪ねて風景と対話し現地の習慣を身につけること(フィールドワーク)、このことができればたいていの難関は突破できる。また、自分が今どこにいて、どんな立場に置かれているかを推測する知の等高線を自分の足裏と脳みそに刻み付けることができる
・教えること、は、伝えること、ではない。伝える要素ももちろん入っているけれど、教えるのは伝える以上に、教える対象の中にひそむ可能性をひっぱりだして育てることであろう
・「仏様の指」と題する話では、仏様はちょっと指でおふれになり、その瞬間、車はすっとぬかるみから抜けて、男はからからと引いていった。しかし、もしかすると実際はそうでなかったかもしれない。つまり、仏様は見るに見かねておふれになろうとしたのだが、指がふれるかふれないかのその間際に、男は「自分の力」で車をからからと引いていったのかもしれないのだ。自分が努力して、ついに引き得たという自信と喜びを与えるのが、ほんとうに一級の教師なのだ
・すぐれた授業は、一時間の授業の流れのなかにかならずリズムがあり旋律があり、音色のようなものがある。また、衝突・葛藤があり、衝突・葛藤の結果として生まれる発見がある。また、異質なものをつくり出し、それを激しく衝突させ葛藤を起こさせることによって、新しい思考とか感情とかはつくり出されてくるのである。異質なものがぶつかった結果として、リズムが生まれ、旋律が生まれ、音色が生まれ、ドラマが生まれ、そのなかから新しいものが生まれてくるのである
・公園の隅で、その子供は一枚の葉の上で天道虫がじっと動かずにいるのを見ていたので、どうしたのだろう、ちっとも動かないね、すっかり疲れたのかね、それとも・・・とたて続けに話しかけた時だった。その子供は私の顔をじっと見てから、「天道虫はいつも何かしていなければならないの?何もしないことだってあるよ」と教えてくれた。ぼんやりしているのは人間にとって非常に大切な貴い時間であり、無為とは貴いものだ

学びつづける教師に: こころの扉をひらくエッセイ50




西ヶ原四丁目治療院 院長の佐藤弘樹(さとうこうき)と申します。