本を読めなくなった人たち

本を読めなくなった人たち-コスパとテキストメディアをめぐる現在形
稲田 豊史 (著)


本書は「本」だけでなく、文字による情報全体に関する若者の現在の考え方を整理し、今後の見通しが述べられていて勉強になることが多かったです。

出版業界の業績悪化は今に始まったことではなく20年前から続いていますが、現在では文字メディア全体の地盤沈下、情報取得手段の動画への置き換え、長文の苦手意識拡大という別次元の危機で状況が加速度的に悪化している、という著者の意見はとても共感できました。

 

 

本を買う人を、濃密な知的体験や没頭を求める「読者」と、単に情報や知識を得るための手段と考える「消費者」に分ける考え方は分かりやすかったです。

今後は手っ取り早く動画で情報収集しようと考える「消費者」向けの本の刊行は少なくなり、限られた「読者」向けにウエイトが置かれるようになる、というのは説得力のある意見だと思いました。

 

 

以下、本文を引用しながら感想を書きます。

「 」で囲っているものは本文から要約して抜粋しました。


「必要な情報は本以外からでも取れるので、読書の必要性を感じません」
「しゃべったほうが早いし、熱量が伝わる。文章よりコスパ・タイパがいい」

インターネットが普及する以前は情報を得る手段が少なく、人に聞く、テレビを見る、ラジオを聞く、本を読む、新聞を読むくらいしか手段がなかったため、文字による情報は貴重な情報源でしたが、今の若者は文字を読むという行為そのものを面倒に感じるようになっているのだと思います。

AIオーバービューというGoogleの検索結果が最上位に表示するAIによる要約機能により、従来であれば訪れるはずのウェブサイトに訪れなくなることで、サイト全体のアクセス数が減って広告単価が下がった、という事実は知らなかったです。

私自身、ちょっと知りたいときには、AIオーバービューだけ読んで済ませていることもあります。

 


「インターネットは膨大な知の記録保管庫」というのは真っ赤な嘘で、記事を配信するサイトが経営上の都合で閉鎖されると、過去記事が消えて二度と読めなくなる」

インターネットに載った情報はずっと残り続けると思って、あるリンクのページを残しておいて、あとから見ようと思ったら消えていた、ということは最近ではよくあります。

電子書籍も端末が起動できなくなったり、データが消えたり、Kindleが情報提供をやめたら二度と読むことができなくなってしまいます。

紙の雑誌や本という物理メディアに掲載されていれば、どこに情報が書かれていたかを探す手間はありますが、なくならずに読むことができるというメリットがあります。

 


「本を何冊も買って得る情報より、スマホに収まるほうがよくないですか?本は必要な情報がどこにあるかを人力で探さなきゃいけないけど、ネットなら単語を打ち込めばどんどん出てくる」

インターネット上には本と同じ情報があると思い込んでいて、ネットにないものは存在しないも同然という考え方は怖いと感じました。

ある分野の専門家が「〇〇は間違っているよ」と伝えても、今の若者はネットに載ってないと言って受け入れてもらえないかもしれません。

 

 


「なぜ疲れているときに読書はできず、動画視聴は楽なのか。読書とはきわめて能動性を求められる行為であり、動画視聴は受動性が高い行為だからだ」

最近は何でも「ながら」で行うことが多くなっています。

読書は「ながら」ではできない行為なので、今の言葉で言えばタイパが悪い。

でも、「ながら」で見たこと、聞いたことはどこまで頭に残るのか。

自分から情報を取得しようと思って集中して時間をかけて身に付けたことは、その後の自分の糧になると思います。

 


「労力をかけて調べるのが苦手な彼らにとって、何かについて調べるとは、SNSやYoutubeの動画を見ることであって、専門書にあたったり、複数のマスメディアの報道を継続的に追跡して比較検討したりすることではない」

「検討コストを削減したいという志向は、近年ビジネスの場以外にも広がっている。映像作品、レストラン、電化製品、観光地など、多くの人は選択肢を比較検討しようとは思っておらず、自分と感覚の合う著名人やインフルエンサーや友人が進める商品やスポットを選びたがる」


損をしたくない、無駄な時間を使いたくない、というのは、過度に失敗を恐れているのだと思います。

 

 

自分で時間や労力をかけて調べたり、選んだりした行為自体は決して無駄ではありません。

発明王トーマス・エジソンの「私は失敗したことがない。ただ、1万通りのうまくいかない方法を見つけただけだ」という言葉も、今の若者にしたら「そんな無駄なことをせずさっさと正解にたどり着いた方がよくないですか?」ということになるのでしょうか。

正解が分からない問題にぶち当たった時にどう対処するのか。

先が見えない現代社会において、検討コストを削除する志向では生き延びていくのが大変かもしれないと思いました。

 


本を読めなくなった人たち コスパとテキストメディアをめぐる現在形 (中公新書ラクレ)

【この記事を書いた人】

photo 西ヶ原四丁目治療院 院長の佐藤弘樹(さとうこうき)と申します。
はり師・きゅう師・あんまマッサージ指圧師の国家資格を持ち、病気の治療、予防のお手伝いをしています。

たった一人でも、「治療に来てよかった」と満足していただき、 人生を豊かに過ごすお手伝いをすることを理念としております。
お気づきの点や質問等ございましたら,どうぞご遠慮なくお聞かせくださいませ。

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