伴走者は落ち着けない―精神科医斎藤学と治っても通いたい患者たち―
インベカヲリ★ (著)
私はさいとうクリニックや斉藤先生のことを知りませんでしたが、通常の精神科のように診察して薬を処方して、必要ならカウンセリングをして、というやり方ではなく、さいとうミーティングなるものを開催し、人前で自分のことを話す、他の人の話を聴く、というやり方を中心として治療を行っていることが驚きでしたし、すごいと思いました。
本書は、斉藤先生の患者さんたちの了解を得て、患者さんの症状や経過、斉藤先生との関わり方などを聞いてまとめたものです。その中から、斉藤先生の元に通い続ける患者さんたちの想いや斉藤先生が目指していることを考察していました。
斉藤先生は、アルコール依存、薬物乱用、摂食障害、窃盗癖、ギャンブル依存、性倒錯者などの依存症について、「依存症は個人の病気というよりも、家族の中を走る病気」と理解し、家族に目を向けるようになったようです。
ある患者はこう言っています。
「話を聞いていると、結構みんな真剣に悩んでいるんですよね。その中で、自分にも当てはまる問題って当然出てくるわけなんです。例えば、人のお世話が止められなくていつも苦しいとか。あっ、これは自分にも当てはまるなって気づくと、その瞬間に回復へ向かう。話を聞いている過程でそのことに気がついて、言語化できるようになり、自分の課題として向き合えるようになるんです。それに直接指摘されるとムッとすることも、他人の物語なら共感して聞けます」
これこそが「さいとうミーティング」の目的だと思いますし、ミーティングを通して「治してもらっている」のではなく、「自分で気づいて治っていく」のだと思いました。
また、患者さんの話を聞くとき、上の空で煙草を吸っていたり、パソコンでAmazonのサイトを見ていたりしていたらしいのですが、それも「そのままの自分を見せる」ことを意識しているようでした。
斉藤先生のことを、患者さんたちは狛犬、銅鑼、鏡と、様々な例えを用いて表現しています。
ある患者は斉藤先生のことを以下のように言っていました。
「自分だけでは自分は分からなくて、相手がいて自分が分かる。先生は、とってもクリアな鏡。でも何よりも、先生の生きてる姿が患者には一番影響があるんじゃないかな?あんなにいい加減で、わがままで、自分勝手で、それでも生きていていいんだって思わせてくれるところ。先生から受け取った大きなことって、言うことが変わってもいいんだなって思えたこと。人は一貫して同じことを言わなきゃダメだって思っていたけど、その時々によって違ってもいいんだってことを教えてもらった気がする」
斉藤先生の治療は必ず、「どうしたいの?」と聞くそうです。
これは「青写真を描く」ことで、先生が勝手につくる未来ではなく、五年後でも半年後でもそのときにどんな自分になっていたいのか?を空想させることで、本人の願望に従うことを大切にしています。
斉藤先生は期間を決めない仕事をしていて、このように話しています。
「私がやっている仕事は、フロイトがやった仕事以降のことを引き受けている。その人がどうやって今後の生活をしていくかまでを考えることが、私の仕事と思っているわけです。言ってみれば一生。その人が嫌になるまで、お付き合いするのが私です。お付き合いであって、治療はしていません。治しているのは患者さんが自分で治しているんです」
患者さんの人生の伴走者として、患者さんに寄り添い続ける斉藤先生の壮絶な生き様が垣間見れる一冊でした。
伴走者は落ち着けない ─精神科医斎藤学と治っても通いたい患者たち─