夜明けのカルテ:医師作家アンソロジー
医師作家9名が描く医療系の短編小説集です。
全て医師が書いている小説なので、リアリティがありましたし、現代医学の問題点がしっかり描かれていて楽しめました。
個人的に特に楽しく読めた4つの短編を以下に紹介いたします。
「救いたくない命」は、救急搬送されてきた患者が15人以上を刺して殺した通り魔だったという話です。
必死に命を救おうとする静脈確保や開腹して出血部位を探す描写がリアルで、患者が通り魔という事実を知った医師はどうするのか興味深かったです。
「春に綻ぶ」は、二年間の初期研修を終えて一人立ちした三年目の内科医の話です。
内科医はコロナ陽性患者を押し付けられることが多く、同じ説明を何度もしたり、厄介な患者を回されたりする様子が描かれていました。
医療従事者からすれば「同じ症状でやってくる患者の一人」であっても、患者の家族にとっては「初めての、自分だけの経験」であることをしっかり理解しながら、治療に慣れても、感情までは慣れたくないという矜持で働く山岸先生が好きでした。
「闇の論文」は、がんの生検が、がんの転移を引き起こす可能性に関する論文を巡る話です。
医学会としては受け入れるわけにはいかない不都合な真実がテーマになっていて、実際にこんなケースもあるのだろうなと思わせる内容が印象的でした。
「空中テント」はアルツハイマー型認知症をめぐる介護の話です。
認知症になった父の介護を巡って家族会議が開かれますが、叔父伯母や兄は妻である母親が見るべきという正論を譲りません。
介護負担が限界になり突然いなくなった母親を無責任となじる家族。
「介護者は生き方を選べないのか?」という現代社会でも大きな問題となっている点に踏み込んでいて読み応えがありました。
医療小説が好きな方におすすめの一冊です。

夜明けのカルテ―医師作家アンソロジー―(新潮文庫)