善医の罪

善医の罪(文藝春秋)
久坂部羊

家族も同意したはずの尊厳死が、嫉妬や保身、曖昧な記録から殺人罪として告発されることになるまでを描いたリアルな医療小説です。

善良な医師がどんなに誠実な対応をしても、学歴や待遇で嫉妬する周囲の人間に足を引っ張られる話の好例だと思いました。

事の発端は、白石ルネというオランダ人とのハーフである一人の医師に嫉妬した、医師と看護師が白石の弱みを握ろうとしたことから始まります。

そこから様々な思惑が入り混じって醜い争いに発展していきます。

ある医師は自らの出世欲に駆られ病院を脅迫し、

病院長は自らの保身に走り、

看護師は嘘の指示をでっちあげ、

遺族は安楽死の告発を鵜呑みにして大金をせしめようとし、

週刊誌の記者は世論を煽って事実を捻じ曲げて伝える。

それぞれの関係者が自らの利益のためだけに動いた結果、誠実に対応した医師が起訴される事態となると、現場の医師が救急蘇生をしなくなる事態も考えられるという難しいテーマが内包されていました。

自分がした医療行為の正当性と患者や遺族を信じ続けるお人好しの白石医師の想いが切なかったです。

誠実な医療とは何なのか、患者のための医療とは何なのかを考えさせられる小説でした。

ぼくたちが選べなかったことを、選びなおすために。

ぼくたちが選べなかったことを、選びなおすために。 (ポプラ社)
幡野広志

本書は、著者が34歳の時に多発性骨髄腫と宣告されるまでと、宣告された後にどんなことを考えて、何をどうやって選んだのか、について丁寧に描かれていました。

がん患者の多くは「もっとこうすればよかった」と後悔すると言いますが、著者は後悔しても自責に苦しむだけで何も変わらないという考えをもっており、それが達観しているように見られると言います。

後悔してもしょうがないと分かっていても、なかなかこの心境にはなれないと思いました。

すごく同意したのは

「がんに限らず、重い病気や障害の全てにおいて、身内の病を『わたしの不幸』にいちゃいけない、つまり『娘(息子)がこんな病気になったわたし、かわいそう』はぜったい間違っている」

という言葉。

これはとてもデリケートな問題で、多くの身内が自分の不幸と捉えてしまうと思いますが、患者にとって一番の苦しみは

「家族の重荷になっていること」

という言葉を忘れないようにしたいと思いました。

また、緩和ケアの看護師さんが「こころの痛み」を取り除いてくれたという話が印象的でした。

一度として「がんばって」とは言わずに、患者さんの話に耳を傾けて寄り添う緩和ケアの看護師。

医学的なひとつの正解にこだわらず、「患者ごとの正解」を探そうとしてくれる、医師とはちがう専門性をもった患者のパートナーがいたことが心強く感じられたとおっしゃっていました。

病気に苦しむ人、家族との関係に苦しむ人、医療従事者など、多くの方に読んでいただきたい一冊でした。

十字架のカルテ

十字架のカルテ(小学館)
知念実希人

著者の知念実希人さんは医師でありながら、小説家でもあります。

「心神喪失者の行為は罰しない、心神耗弱者の行為はその刑を減刑する」

誰もが聞いたことがある刑法三十九条ですが、実際にその鑑定を行っている精神鑑定医を主人公とした医療小説はとても興味深く楽しめました。

精神疾患の鑑定には、専門の施設に入院させて二ヶ月くらい時間をかけて行う「本鑑定」と、30分程度の面接で鑑定を行う「簡易鑑定」があり、殺人などの重大事件以外は簡易鑑定がメインであることも初めて知ったことです。

また、犯罪行為を行った精神疾患患者の触法精神障害者が無罪になったあと、精神科病院に措置入院となり、医療に丸投げとなって司法は関知しないことなども知らなかったので勉強になりました。

本書は、減刑や無罪を勝ち取るために演技をする犯罪者をいかに見破るかを中心としたミステリ短編集となっています。

病歴と状況の矛盾や、雰囲気、言動などから慎重に判断していく展開は読み応えがあり、どの事件も一筋縄ではいかず最後まで引き込まれました。

オカシナ記念病院

オカシナ記念病院(角川書店)
久坂部 羊

現代の医療の問題点を通して、生とは何か、死とは何かを問いかける医療小説です。

久坂部さんはブラックユーモアたっぷりの医療小説が多い印象ですが、本書は近代医療の矛盾を分かりやすく説明したもので、考えさせられる内容でした。

真面目一辺倒の研修医が離島の南沖平島で行われている「ほどよい医療」に驚きながらも、少しずつそれを理解していく過程が楽しめました。

がん検診や認知症対策、禁煙対応がことごとくうまくいかない様子は、いかに離島で暮らす患者さんの意に沿っていないかを示すものだったと思います。

・東京では最良の医療を求めて症状がないが病気を見つけるが、この島では患者が積極的な医療を求めない。

・医学は安心を高めなければならないのに、予防医学を強いて病気の恐怖で患者を怯えさせ、不安ばかり大きくしている。

・治療はした方がいい場合もあるし、しない方がいい場合もある。近代医療は治癒と延命ばかり追い求めて、死にゆく人への配慮が欠けている。

この考えは確かに都会では受け入れがたいと思いますが、こんな病院もあって、患者が自ら選択できるといいなと思いました。

僕のこころを病名で呼ばないで

僕のこころを病名で呼ばないで(日本評論社)
青木省三

病気のこと、子どものこと、周囲のかかわり方について、分かりやすい言葉で、丁寧に語りかけてくるような優しさが感じられる良書でした。

病気と健康は二者択一ではなく、グレーゾーンがあって、どちらも併せて持つのが人間。

診断名や病名という枠組みを通してみるだけでなく、その陰に隠れて見えなくなっているその人自身の悩みや苦しみや喜びにきちんと向き合うことが大切だ、という姿勢には非常に共感できました。

誰かに助けてもらったことに感謝しつつも、クライエントが自分自身の力で乗り越えた実感をきちんと残していく「ほどよい支持」という考え方も好きでした。

本書で紹介されていた、イギリスの小児科医ウィニコット氏の「ほどよい母親」という概念が勉強になったので紹介します。

子どもは愛情を注がれることによって成長するが、まったく困らないほどに愛情に満たされたのでは子供の成長を妨げてしまう。
子どもはいくらかの不足や不自由があってこそ成長する。
もちろん愛情が甚だしく不足しては成長を妨げてしまう。
「過不足のない愛情」というのが大事である。

ドナルド・ウィニコット(Wikipedia)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%89%E3%83%8A%E3%83%AB%E3%83%89%E3%83%BB%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%83%8B%E3%82%B3%E3%83%83%E3%83%88#%E3%81%BB%E3%81%A9%E3%82%88%E3%81%84%E6%AF%8D%E8%A6%AA

この「ほどよさ」というのは治療や介護でも、重要な考え方だと思います。

本書では主に子どもや青年のことに対して描かれていますが、大人にも十分に励ましや示唆を得られる内容になっていると思います。